進藤(以下:S):先日はありがとうございました。お誘いを受けなければ、
きっとあの素晴らしい舞台『The Guys』の存在すら知ることなく
帰国していたことでしょう。奥様のミッシェルさんにも、本当に感謝!です。
田中さん(以下:T):晶子、こちらこそありがとう。
NYに来てからのほうが、ご飯食べに行く機会が多く持てたね(笑)。
日本にいるときは、お互い同じTBSアナウンサーとして働いていて、
画面上でお互いの姿を見ていても、なかなか、そんな機会がなかったもんね。
覚えているよ、晶子が入社してきたときのこと。
アナウンサー研修が終わって夏の高校野球の神奈川県大会の
取材に一緒にいったんだよね。横浜スタジアム。スタンドでインタビューしたりして。
毎年新人アナは、甲子園で高校野球の取材するんだけどそのための練習だった。
当時ぼくが、4年目のアナウンサーで、年も離れていないから(?)
話しやすかったしね・・・。その後の成長ぶり、妹のように頼もしく思っています。
で、ぼくが先にNYにきて、晶子 が何年か後にNYに来た。これもなにかの縁ですね。
そのNYは、昨年の9月11日、あの事件で大きく変ってしまったのです。
NYの"素顔"を伝えるこの舞台を、日本にもどる前に見てもらってよかったです。
ミッシェルも晶子にまた会えて喜んでました。
S:さて、この度『The Guys 〜消防士たち〜
世界貿易センタービルは消えても』
という本が出版され、その日本語訳を担当されたとのこと。
おめでとうございます。で、いいのかしら。
なんといっても内容が内容だけに、似つかわしくありませんね。この言葉。
事前に田中さんからいただいたプロットを読ませていただいたときも、なんというか、
胸が詰まって、しばらく身体を動かせませんでしたが、舞台はまたさらに・・・。
T:この劇の脚本家は、ぼくのコロンビア大学の先生でアン・ネルソン。
彼女は、昨年9月11日の直後に、自分を含めて、
実在のニューヨーカーに起ったことを書いていった。みんな実話なんです。
だからこそ、人々に受け止められて、ダウンタウンの75席しかない小劇場に
毎夜ひとびとが詰め掛けた。9月11日に8人の隊員を亡くした消防隊長ニック。
数日後に彼らの葬儀を控えているのに、弔辞を書こうとして彼は全く一言も書けない。
その彼を助けて弔辞をまとめていく、女性ジャーナリストのジョーン。
この二人の心模様を描いていく舞台。ニックは直接テロによって
影響を受けてしまった人を代表し、ジョ─ンは直接影響は受けなかったが、
愛する街をあれほど残酷に破壊されて深く傷付いてしまった人を代表している
ーつまり、この二人があのときのNYの全ての人を象徴しているのです。
小劇場でほんとに、文字通り目の前の舞台ででそれをみると、
すごく心が震わされるものがあるよね。
ぼくは、そんな劇がNYにあることを日本の人たちに知ってほしかったのです。
あのテロ事件に対して、こんな見方もあ るよって・・・。
S:わたしは当時まだ日本にいて実際に事故を体験したわけでもないし、
あの出来事の受け止め方は当事者であるアメリカの人たちとは
ギャップがあると思うのですが、それでも、会場のすすり泣きと同じように、
涙をこらえることはできませんでした。
T:晶子が隣りで泣いているのわかりました。
でも、こっちももっと泣いてたかも。でも、それ以上に笑える場面も多 いよね。
亡くなった消防士たちの姿がドキュメンタリーのように
ありありと甦るときが、そうだったね。あの事件で亡くなった消防士だからって
ただ、ヒーローとして祭り上げるのでなく、
人間的に笑ってしまうところまで描写していったのだから。
だから、NYの消防士たちも見に来て、気に入ってくれたのです。
S:渦中にいる人たちの気持ちは置き去りにされがち。
それがニューヨークに暮らす人たちの中にもあるということは、
新鮮な驚きでした。アメリカ国内でも、テロに対する感じ方に隔たりがあり、
テロそのものにだけでなく、それを取り巻く様々なことからも
彼らは想像以上に傷つけられたのだ、ということも。
それは、どうやっても私には推し量りきることは出来ませんが、
直後、どうしても赤ちゃんを抱きたかった、家族と一緒にいたかった、
というエピソードから強烈に伝わってきました。
T:そう、NYに住んでいるものしかわからない痛みがあります。
そんな気持ちは、テレビでそれこそ何千回、飛行機の激突や、
タワーの崩壊の映像を見せられても、伝わりません。
だから、例えばロサンゼルスにいるアメリカ人にもわからないものもある。
あのとき、テレビでは星条旗を振り回したり、復讐のために
『アフガニスタンを攻撃しろ』などと軍事的な影響があふれていた。
きっと日本にいるとそれがアメリカ全体の姿なんだと思ってしまうかも知れない。
「でも、それがNYの姿ではなかった。あのとき、NYではみんな、
ただ、こころが張り裂けそうに悲しいだけだった。
だからテレビを見ていてすごく違和感を感じた」とアンは言ってます。
ぼくも全く同感です。
S:ニューヨーク滞在中、様々な舞台を観るたびに、刺激を受け、
心を震わせてきましたが、それでもこれほどまでに深いメッセージを
浴びせられたものはありませんでした。ジャーナリストでもある、
著者のアン・ネルソンさんの「もの書きとして無力感を感じた。
外部の人間だと排除しないでほしい。仲間に入れてほしい。
ニューヨークは私の街でもあるのだから。テレビで見ているだけじゃたまらない。
私だってなにかしたい。言葉を扱うことしかできないのだから」
という押さえることの出来ない深い想いがそうさせるのでしょうね。
阪神・淡路大震災の折、次元は違いますが私もそれに似た
不甲斐なさを感じたことを思い出します。当時新入社員一年生だった私は、
故郷が壊滅していく様子を、画面の前でただ見つめるのみでした。
テレビ局に入社したのに。故郷のテレビ局の同期アナウンサーは
安否情報を伝え世の中の役にたっているのに。
どうして私は番組宣伝の収録でニッコリ笑っているのだろう、と。
(でも、それすらもNGだらけだったのです。
もちろん番組宣伝も重要な仕事です。誤解のないように)
T:あのときのNYで、実際に何かをできる人の方が少なかった。
グラウンドゼロは軍隊で実質的に封鎖されたし、
献血しようとしても断られることもあった。
犠牲者はほとんど亡くなってしまっていて、
血を必要としている人はほとんどいなかったのだから・・・。
とくにアンを含めて多くの知識階級はまったく何もできなくて、
でも自分の愛する街のために、何かがしたいと思って、心痛めていた。
晶子が自分の故郷の神戸が破壊されて何かがしたいと思ったのと同じです。
だからこそ、この脚本が出来上がったとき、世界に名だたる映画俳優で、
ニューヨーカーであるシガニー・ウイバーが
「自分がやる、私の街のために」と言ったのです。
彼女もテロの起きた9月11日はNYにいて
子供と抱き合って悲しみを過ごしたといいます。
S:私にはひとつ夢があります。
そのヒントがこの舞台にはたくさん散りばめられていました。
10年後になるのか、20年後になるのか。といいますか、
実現させたいという想いだけで、夢のまた夢。
まだまだ机上の空論にしか過ぎないんですけどね。
とにもかくにも、こんな貴重な体験をさせていただいたことに、
心から感謝します。
T:晶子、そこまでいったら、どんな夢か聞かせてよ。
子供にキャンディー見せて、「あげようか?」って言って、
「や っぱやーめた!!!」という感じだな。
「夢は語ることで現実に近づく」んだよ。このウエブを見ている皆さんには
内緒でもいいから、ぼくにはこっそりで教えてくれるんだろ?! (笑)
S:それにしても、この街で暮らす田中さんは、
以前よりもずっと活き活きしていていいカンジ。目が優しくなったものね。
なんでだろ?やっぱりご結婚のせいかしら?
私もこの秋からお仕事を再開することにしました。それもこれもこの街のおかげ。
あのさむ〜い冬のあいだに考えた結果です。
素晴らしいといわれるニューヨークの秋を体験せずに帰国するのは
少々後ろ髪引かれますが、まあ、それは次のお楽しみとすることにします。
T:ありがとう。結婚のためかな?
たぶん、NYのためだろうね。
この街は何年住んでいても、毎日、新しい驚きが絶えないところです。
NYで英語を勉強していた晶子、こんな表現知っている?
「Kids in a candy store」っていうの?
こどもが、キャンディーショップにいったらどうなる?
もう嬉しくて仕方ないよね。あれも食べよう、これも食べたい!! って。
そういう意味です。見るもの触るものみんな興味をひくんだ。
そんな状態だからかもね。
晶子はNYで吸収したことを、つぎのステップで精一杯発揮してください。
NYの秋を見られないのは、うーん、残念。
セントラルパークの秋は何度も映画のシーンで、でてくるくらいいいのに。
メグ・ライアンとビリー・クリスタルの
「WHEN HARRY MET SALLY(邦題知らない、ごめん)」でも
ビデオで借りてきて見てみたら??? 秋のシーンがあるよ。
S:急に涼しくなってきましたね。体調など崩されませんように、
お身体にはお気をつけて。ミッシェルさんにもよろしくお伝えくださいね。
では、また。
T:こんな形でウエブサイトで晶子と話ができて嬉しいです。
声をかけてくれてありがとう。ともに、これからもがんばろうね。
11月にミッシェルと日本に行く予定だから、また会いましょう。
日本語で唯一話せるのが、「タダノ、ヨッパライ・デス」一文だけ、
というミッシェルからのメッセージです。
「LET'S DRINK LIKE A FISH!」(浴びるように飲みましょう!)だって!!!
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